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東京高等裁判所 昭和51年(ネ)2797号 判決 1977年11月29日

控訴人(被告)

笹本義人

被控訴人(原告)

木村直枝

ほか三名

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  控訴人は、被控訴人木村直枝に対し、金一六八万二三六六円及び内金一五三万二三六六円に対する昭和四八年一二月八日から、内金一五万円に対する本判決確定の日の翌日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  控訴人は、その余の被控訴人らに対し、それぞれ、金一一二万一五七七円及び内金一〇二万一五七七円に対する昭和四八年一二月八日から、内金一〇万円に対する本判決確定の日の翌日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

3  被控訴人らのその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、第一、二審を通じて、これを三分し、その一を被控訴人らの負担とし、その余を控訴人の負担とする。

三  この判決は、金員の支払を命ずる部分に限り、仮に執行することができる。

事実

控訴人代理人は、「原判決中、控訴人敗訴の部分を取り消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人ら代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は、次のとおり訂正、付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、それをここに引用する。

一  訂正

原判決二枚目表末行目の「その余の原告各自に対し」を「その余の原告らに対し、それぞれ」と改め、三枚目表八行目の「過去」を「過失」と訂正し、四枚目表九行目の「1の(2)」を「1の(二)、」と訂正し、その次に「2」を、同一〇行目の「(三)の次に「、(六)」を加える。

二  控訴人の主張

(一)  控訴人は、本件事故に際し、普通貨物自動車(品川四ゆ七六二七号、以下、加害車という。)を運転していたが、危険を感じて、急制動を施したところ、被害者である亡木村鉄次郎は、本件事故の直前、右急制動の音を聞いて身の危険を感じ、駐車中の同人運転の普通貨物自動車(以下、被害車という。)の後部付近から道路外の地点に飛び出して転倒し、この結果、死亡するに至つたものであり、加害車は、同人の身体に、直接、接触してはいない。したがつて、控訴人の行為と鉄次郎の死亡との間には因果関係がない。

(二)  仮に控訴人に何らかの損害賠償義務があるとしても、右(一)に述べたところからすれば、本件事故の発生については、鉄次郎にも重大な過失がある。したがつて、控訴人は、被控訴人らの損害賠償の額の算定について、過失相殺を主張する。

三  被控訴人らの主張

控訴人の右各主張事実は否認する。鉄次郎は、本件事故の直前、道路外の地点に飛び出した事実はなく、加害車が被害車に衝突したことにより道路外の地点にはね飛ばされたものである。

理由

一  被控訴人ら主張の請求原因1の(一)の事実は、当事者間に争いがない。

二  右当事者間に争いのない事実と成立に争いのない乙第三、第四、第七、第一一号証を総合すれば、本件事故現場は、都道上であり、その付近において、車道幅員は約六・八メートルで、その中央線が画され、同都道はコンクリート舗装の東西に通ずる道路であつて、東方へゆるやかな上り坂になつているが、その道路上の見通しはよく、そこでの最高速度は時速四〇キロメートルに制限されていたこと、本件事故当時、路面は乾燥していたこと、また、本件事故現場となつた道路部分は、非市街地にあり、そこでの人車の交通量は少なかつたこと、ところで、控訴人は、本件事故に際し、加害車を運転し、時速約六〇キロメートルの速度で、道路左端から約八〇センチメートル内側を西方から東方に進行し、本件事故現場にさしかかつたが、車内のカーステレオの調整に気をとられ、前方を十分に注視することなく進行し、自車の前方約九メートルで、道路左端から約一メートル内側の地点に被害車が同一方向に向け、駐車しているのを認めて、危険を感じ、急制動を施したこと、しかし、間に合わず、約五メートル進行して、自動の前部右側部分を被害車の後部左側部分に衝突させ、その衝撃により、同車の左後輪付近の車外でかがみ込んで何かをしていた鉄次郎を同所から左斜前方に約三メートル離れた道路外に転倒させたことが認められ、右認定に反する原審における控訴人本人尋問の結果部分は、前記各証拠と対比して、たやすく信用できず、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、控訴人としては、本件事故現場を進行するに際し、前方左右を注視し、進路の安全を確認して進行し、もつて事故の発生を未然に防止する注意義務があるのに、これを怠つた過失があり、その結果、本件事故が発生したものといわなければならない。

三  次に、本件事故と鉄次郎の死亡との間の因果関係について判断する。

右二に認定した事実と前記乙第三、第四、第七、第一一号証、成立に争いのない甲第二号証、乙第五、第六、第八号証を総合すれば、控訴人は、加害車を時速約六〇キロメートルの速度で運転中、被害車との間隔が約九メートルの地点で急制動を施したものであつて、加害車と被害車の衝突地点から西側約五メートルにわたり、加害車により印されたスリツプ痕が見られること、本件衝突により、加害車の前部は、被害車の後部荷台にくい込み、加害車のボンネツトはエンジンが見えるほど破損したこと、鉄次郎は、右衝突と同時に、被害車の左後輪付近の地点から左斜前方に約三メートル離れた道路外の地点にはね飛ばされて転倒し、その際、後頭顆上裂傷、擦過傷、右手背第二指基節骨関節部・両下肢伸側部擦過傷の傷害を受け、その直後に意識を失い、約二五分後に死亡するに至つたこと、他方、控訴人は、右衝突の衝撃により、一時意識を失つたことが認められ、右認定に反する原審における控訴人本人尋問の結果部分は、前記各証拠と対比して、たやすく信用できず、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

また、前記甲第二号証、乙第五、第六号証、原審における被控訴人木村直枝本人尋問の結果を総合すれば、鉄次郎は、本件事故当時、健康な男子であり、同人の受けた前記傷害は、それ自体としては、致命的な外傷とはいえず、これにより脳内出血などを招来した事実もなく、その死因は頭部打撲に基づく心臓麻痺であることが認められ、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

以上認定の事実によれば、加害車が鉄次郎に直接衝突したことは認められないが、鉄次郎は、本件衝突により被害車に加えられた衝撃力により、はね飛ばされ、頭部などを地面で強打して本件傷害を受けたうえ、頭部打撲によりシヨツク死したものと推認するのが相当である。したがつて、鉄次郎の死亡は本件衝突事故によるものというべきである。

四  以上の次第であつて、控訴人は、民法第七〇九条により、本件事故に基づいて生じた損害を賠償する義務があるものといわなければならない。

五  次に、控訴人は、本件事故の発生については、鉄次郎にも重大な過失があつたから、被控訴人らに対する損害賠償の額の算定について、右過失が斟酌されるべきである旨主張するが、すでに判示したところからすれば、本件事故に際し、鉄次郎が、控訴人主張のように、自ら道路外の地点に飛び出して転倒したものとは認められず、本件事故について同人に過失があつたとすることはできないから、控訴人の右主張は採用することができない。

六  そこで、本件事故により被控訴人ら及び鉄次郎に生じた損害について判断する。

1  鉄次郎の損害

(一)  精神的損害

すでに判示したところからすれば、鉄次郎は、本件事故により、その生命を失い、深い精神的苦痛を受けたことが推認される。そこで、慰藉の方法として、控訴人の支払うべき慰藉料の額は、同人の年齢、本件事故の態様、前記認定の控訴人の過失、その他本件口頭弁論にあらわれた諸般の事情を考慮すれば、金八〇〇万円とするのが相当である。

(二)  逸失利益

前記甲第二号証、成立に争いのない甲第三ないし第八号証、原審における被控訴人木村直枝本人尋問の結果によれば、鉄次郎は、大正七年五月一日生れの男子で、昭和四八年度においては、自動運転手として、訴外有限会社佐久間工務店に勤務し、給与として合計金一〇一万三七六五円の支給を受けたほか、漁業所得として金二〇万六三九六円の、農業所得として金三万七九七八円の収入を得、また、教育委員、消防団分団長、漁業協同組合理事の公職に就いていたことによる報酬として合計金七万円を得ていたこと、なお、右農業所得については同人の妻である被控訴人直枝の寄与もあるが、その割合は三割程度であることが認められ、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

また、原審における被控訴人木村直枝本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、鉄次郎は、右のような公職に就かないとすれば、その勤務に要する時間を他にふり向けて、右公職による報酬と同一程度の収入を得られることが認められる。

以上認定の事実によれば、鉄次郎の昭和四八年度における年収は、合計金一三二万八一三九円であり、妻である被控訴人直枝の前記寄与分を考慮し、控え目にみても、同人の本件事故当時における年収は金一三〇万円を下らないものと推認することができる。

ところで、すでに判示したところからすれば、鉄次郎は、本件事故がなければ、少くとも六五歳までの一〇年間程度は稼働できると推認されるので、同人の本件事故当時の右年収額金一三〇万円から、これを得るのに必要な生活費を四割程度とみて、右生活費を控除した残額金七八万円を基礎として、右稼働可能の一〇年分について、ホフマン式計算法(係数七・九四五)により、年五分の中間利息を年毎に控除して得た金六一九万七一〇〇円が同人の死亡時における得べかりし純収入の現価である。

(三)  相続

被控訴人直枝が鉄次郎の妻であり、その余の被控訴人らが同人の子であることは、当事者間に争いがなく、また、原審における被控訴人木村直枝本人尋問の結果によれば、鉄次郎の相続人は、被控訴人ら四名であることが認められるから、相続により、被控訴人直枝は、右(一)、(二)の損害賠償請求権合計金一四一九万七一〇〇円の三分の一である金四七三万二三六六円(円未満切捨)の請求権を、その余の被控訴人らは、その各九分の二である金三一五万四九一一円(円未満切捨)あての請求権を取得したものというべきである。

2  葬儀費用

原審における被控訴人木村直枝本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、被控訴人らは、鉄次郎の葬儀を行い、その費用として、金四〇万円を下らない金員を支出したこと、右金四〇万円は、相続分に応じ、被控訴人直枝は、その三分の一に相当する金一三万三三三三円(円未満切捨)を、その余の被控訴人らは、各九分の二に相当する金八万八八八八円(円未満切捨)あてを負担したことが認められ、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

3  損害の填補

被控訴人らが自賠責保険から金一〇〇〇万円の填補を受けたことは、当事者間に争いがなく、原審における被控訴人木村直枝本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、右金一〇〇〇万円は、相続分に応じ、被控訴人直枝の損害に三分の一に相当する金三三三万三三三三円(円未満切捨)が、その余の被控訴人らの損害に各九分の二に相当する金二二二万二二二二円(円未満切捨)あてが充当されたことが認められる。

4  弁護士費用

原審における被控訴人木村直枝本人尋問の結果によれば、被控訴人らは、本件訴訟の提起及び追行を弁護士に委任し、報酬として、認容額の一割相当額を支払う旨を約定したことが認められるところ、本件事案の内容、本件損害認容額、その他本件にあらわれた一切の事情を勘案すれば、被控訴人直技については金一五万円、その余の被控訴人らについては各金一〇万円をもつて、本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

七  結論

以上の次第であるから、被控訴人らの本訴請求は、控訴人に対し

1  被控訴人直枝が右六の1、(三)の金四七三万二三六六円、2の金一三万三三三三円、4の金一五万円、以上合計金五〇一万五六九九円から、3の金三三三万三三三三円を控除した残額金一六八万二三六六円及び内金一五三万二三六六円(弁護士費用相当分を除いた金額)に対する本件事故発生の日の翌日である昭和四八年一二月八日から、内金一五万円(弁護士費用相当分)に対する本判決確定の日の翌日から各完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の、

2  その余の被控訴人らが、それぞれ、右六の1、(三)の金三一五万四九一一円、2の金八万八八八八円、4の金一〇万円、以上合計金三三四万三七九九円から、3の金二二二万二二二二円を控除した残額金一一二万一五七七円及び内金一〇二万一五七七円(弁護士費用相当分を除いた金額)に対する右昭和四八年一二月八日から、内金一〇万円(弁護士費用相当分)に対する本判決確定の日の翌日から各完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の

各支払を求める限度において、正当として認容されるべきであるが、その余の部分は、失当として棄却されるべきである。

よつて、これと一部結論を異にする原判決は、右の趣旨に変更することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九六条、第八九条、第九二条、第九三条第一項本文を、仮執行の宣言について同法第一九六条第一項をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 枡田文郎 山田忠治 佐藤栄一)

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